Coquelicot1.2.3

「陽気で優しい」

花びらと舞う、狂気と狂喜

 

他者について自分の価値観で判断を下してしまうことは仕方のない事。私もしてしまうし、それを悪だと言うのは御門違い。だけどその判断を当人のことを傷つける道具や自分の自尊心の為に使うのは悪以外のなんでもないのではないでしょうか?どうにかして絶対にブチのめすから覚えとけ、と言うそれを上回る悪の気持ちに支配される。

 

私は私の人生に総合点で満足しているし、自分で選んできた今を嘆き批判していいのは自分だけだと思っている。誰にも同情される筋合いはないし、憐れまれたりバカにされたりする事は以ての外だ。

容姿だとかスタイルだとか、人と劣るところは沢山あるけれど、だけどそれを含めて私は私を取り巻く全てに自信を持っているわ。他人と比べて卑下する事だってあるけれど、それは私だけがしていいことであって、第三者に勝手に比べられて見下されるなんて理解ができない、明日また今日と同じ日がくるよと言われる方がまだ納得できる。

ただし、最初に書いたように、他者について色々と頭の中で思ってしまうのは人の性、止められない止まらない憎しみと欲望、嫉妬。それだけみんな自分が可愛くて仕方ないのだから、それはそれでいいじゃないとも声を大にして言える。

 

そこでこの矛盾をどう正しく折りあわせるかというと、答えはただ一つ、絶対にその負の感情を他言しないということ。

己の自尊心やくだらない競争のために、生まれながらにして持ち合わせる悪を武器として装備してはならないわね。

人は人だし、自分は自分。時には誰かを陥れて優位にいると思わないとやってられない時もある。

というか私なんてそんな時ばっかりだ、満足してるし自分のことが大好きだけど、保身の方法に限界がきてしまう時だってある。ボロボロになってしまう時もある。

そんな時に自分の中のサタン並みの悪魔を、放し飼いにせずに飼い慣らしていられる女になりたい、と思いました。

 

腹が立つことを言われても、それがすごく悲しくて不愉快で悔しくても。

最終的には全てエネルギーに変えてまた自分を沢山甘やかす為の術にして、見返してやりたいですね。

 

 

 

 

 

 

 

私は絶対に私の好きなようにするし、妥協なんてしない、だってそんなことして時間を無駄にするのがアホくさいもの。