Coquelicot1.2.3

「陽気で優しい」

所詮は骨の髄から

 

 

バスが私を置いて発車するように、月日も一切私のことを待っていてくれない。 

 

 

 

給料日かつ華の金曜日、横浜の僻地での生活を抜け出して品川に向かった。入った給料の3分の1を引き落として。

 

私は性欲というものがよく分かっていなかったのだけど、まあタイプの男性がいたら顔よりも身体に対して興奮を覚えるし、可能ならば岡田准一に抱いてもらいたいと願うくらいには性に興味があると思う。因みに気持ち的にはだいぶ抱いてもらいたい。

しかしそれはあくまでも妄想の中での話になるし、誰だっていい男には抱いてもらいたいしいい女は抱きたくなると思うので、これを性欲にカウントしていいかどうか迷っていたところだったけれど、まあ人並み以下かもしれないがこれも立派な性欲だとしていくことにする。ソウルメイトに「性欲がない人に恋人は絶対に必要ない」と言われて目が覚めた。そりゃそうだ、人間の三大欲求の中で性欲だけが1人ではどうにもならん項目だけど、これが特に必要ないなら後は1人でどうとでも生活できる。

 

 

まあそんなこんな先日は的を得た言葉を沢山もらったので思ったことを反芻しながらちょこちょことここに残しておくことにする。

  

 

そもそも恋愛をする上で自己愛がとても重要になってくるということについて。

私は自分を自分で愛せないから他者に愛してもらうことで安心や喜びを感じるのだと思っていたのだけど、そもそもこの考えが間違っているらしい。

もうこの上ないほど全力で自分を愛して、それでも足りないから他者から愛してもらうために他者を求めることが普通だそうだ。確かに、自分に自信がない空っぽの状態で全てを相手に求めてくるやつよりも、予め満足しているやつのほうが労力もかからなくていい。あと全ての空白を埋める作業を相手に丸投げするの、確かに烏滸がましいわ。それに自分の好きなところを知っていて自分をちゃんと愛せている人の方が、自分の魅せ方をちゃんとわかってる。「恋愛と就活は同じ」だと言い出した人間、マジで凄いと思う。真髄を得ている。

私はまず卑屈な部分を改善していかなきゃならないのかぁ、うぅーん。

 

そしてもっと自分本位、我儘になってもいいらしい。許される我儘ってなんなんだろう。別に誰かに優しくしようとかそういうことを常日頃考えているほど出来た人間ではないし我儘だとも思っているので、これ以上我儘になっていいんか?と自問自答した結果得られたのは、「我儘」を「甘え」と受け取ってもらうためのスキルだということに気づいた。我儘は嫌がられて当然だけど、甘えは大抵受け入れてもらえる。この2つは同じものといっても過言ではないが、どうやら自分次第でどうとでもなるものらしい。まぁ結局は相手が自分のことをどう思っているかってことが大いに関係するハナシだけどね。

 

 

 

こんな話ばっかりしていたら、何だかもうとりあえず日本のこの文化?風習?国民性?みたいなものが全部悪いんじゃないかということになった。

世界が胸元の開いた華美なドレスで舞踏会などなどを楽しんでいるころ、片や日本では慎ましやかで男に従属して頑なに貞操を守る女が良しとされてりゃあそりゃこんな頭の固い冷たい国にもなりますね。「あいつらが胸元開けて谷間見せてるあいだ、こちとら十二単だのなんだの分厚くて重くて固てぇ着物を着てたの信じられる?」という発言は最高でした。信じられませんね、防刃チョッキの代わりか何かだったのかしら?

 

 

日本での仕事辞めて海外逃亡して、女友達とシェアハウスしながら毎週末パーティーにいくような生活を送りたいや。それもそれでお金がとってもかかるかな。

 

 

 

今日は月曜、何だか憂鬱な1日でした。果たして私はこの先どうなるのか?という不安ばっかりで気が狂いそうだし、GWが終わったあとは今年一年の終わりが見えないくらい長くて目眩がする。

 

 

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まさに心境はこんな感じ。