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Coquelicot1.2.3

「陽気で優しい」

今日も手付かずの言葉

 

 

私は割と人見知りだし、他人のことを受け入れるのにとても時間がかかる。他人の査定がすごく厳しい、とよく言われる。因みに、自覚はある。

新しい環境などがめちゃくちゃ嫌いだし、新しい友達が欲しいかどうかと聞かれるとまぁ別にいらない、とも思う。友達のなりかた忘れたから一連の流れが面倒臭いんだけど、それはわたしが厳しい査定を用意しているし私という人間を受け入れてもらうこともそれ相当に難しい事だと勝手に思っているからであるのはわかってる。多分みんなもっと簡単に受け入れあって友達になっていくんだと思う。わかっちゃいるけど難しいことだよね!

 

査定の際にとても重要になってくるのが、面白いか面白くないかなんだけど、べつに私も面白い人間ではないし誰しもに千鳥や小峠のような最強の笑いを求めているわけではない。千鳥と小峠、めちゃくちゃ面白いから好き。

大事なのは、常にリズムやオチを意識しているかどうかということだと思う。

 

アメトーークがめちゃいい例なんだけど、面白くないやつは基本的にいつも番組でいう観客側で、ただ自分の思ったことを自分の発散のために話しているだけで会話のリズムとか相手のことを考えてオチが必要だとかを一切考えていないことが多い。面白いことには笑うし、私の感想に同調して貰えたら嬉しい楽しい大好き!くらいの内容。

一方で面白い人は常に華壇にいる心構えで話をしていて、相手のことをオーディエンスかつ同じ華壇の仲間として意識していると思う。

だから面白い人がある程度集まっていれば、会話の流れをお互いに読みあっていいリズムが生まれるし、ハイレベルな言葉のキャッチボール若しくは上手い選手の集まったゲームへと進化していくんだけど、これが残念で逆に意識してないやつらのとこに1人で意識できるやつがぶち込まれると本当に最悪なことになる。浮いて自爆して死ぬ。面白いやつらはお互いが存在して作用しあって面白くなっていて、1人で起こす化学変化はただの不振行動に過ぎん!!

 

べつに常にリズムだとかオチだとかを気にして会話しなくたっていいんだけど、せめてゲストの立ち位置であるべきだと思うのね。あくまでもお客さん、でもいつでも会話に参加できるしその会話を盛り上げる意識を持つ、ということが大事なのでは?

別に司会をやれとも言ってないし、ケンコバや後藤のように「どうしたらそのツッコミとボケが思いつくの?」というレベルの高いことをしろとは言ってないし、なんなら私にも無理!だけどやっぱ一緒に話をするからには撮影を見ているだけの観客じゃダメなんだよ、という話。

 

なにを言いたかったのかというと、つまんねぇやつが嫌い、だということ。

 

 

 

 

 

わたしいまの友達とどうやって仲良くなったんだっけな、みんな本当に面白いし私は「面白くなくては抹消されていく」というような学生生活を送ってきたから(ハード)面白くないやつに出会うと君は今までどうやって生きてきたの?という大きなお世話と言われてぐうの音も出ないような感情を抱いてしまう。

普通の人間の会話テンポが、♩=100とかなら私の周りの会話テンポ♩=250くらいだと思う。食う食われる、それが社会。。。。。。。

 

 

 

午後14時からのお仕事がとっても眠くてデスクに突っ伏してしまうのも時間の問題である。

仕事したくないし会社辞めて良いよって言われたら辞めるしそれは嘘偽りのない本音だけど、そんなこと夢のまた夢だしやっぱり社会的に働かないとならない現状下で思うことは、もっと仕事ができるようになりたいということです。私は身の程を超えてプライドが高い愚か者なので、とっととある程度の仕事が出来るようになりたいなぁと思います。

不注意だし抜け作なことはわかってるんだけど、時々本当に記憶が抜けることあるんだけど、病気かな。

 

 

マンデーは終わる。